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綾の肖像プロジェクト(倉輪地区)

「綾の肖像プロジェクト」は、集落の記録・記憶を残しつないでいく取り組みです。

綾町には22の自治公民館(地区)があります。その中には、山間部の小規模集落がいくつか存在し、集落の皆さんは消滅の危機と向き合っています。

そこで、集落の各家庭で大切に保存されている、地域の風景や暮らしが分かる写真をデジタルデータ化するとともに、地域活動や暮らし・仕事・祭りなどの思い出、集落に対する思いなどを聞き取り、次世代につないでいこうと、綾町と宮崎大学の協働で令和2年11月に「綾の肖像プロジェクト」をスタートしました。

令和2年11月から令和3年3月までに収集し、聞き取り調査をした倉輪地区4集落(倉輪・広沢・釜牟田・陣之尾)の写真20点を紹介します。

 

倉輪地区の写真

①開拓 

1950年代 陣之尾集落の開拓の様子。クワで農地を作っている。開拓当初はサツマイモや麦を生産、その後養蚕が盛んに。養蚕が衰退してからは養鶏農家が増えた。水に乏しい地域で、飲料水・雑用水の確保に苦労した。

農作業

1950年代の農作業の服装が分かる1枚。女性の作業着は絣のもんぺが多く、手作りする人もいた。履物も手づくりの草履。男性は、Tシャツかワイシャツに、裾に絞りがあるズボンを着用することが多かった。

祝い

1950年ごろに撮影された、お祝いの席に集まった人たち。和服姿も多く、皆で膳を囲んでいる。冠婚葬祭を自宅ですることが一般的だった時代。

嫁入り

1959年の脇本明さん・ミツ子さんの結婚式。花嫁は自宅で花嫁衣裳を着付けしてもらい、新郎の自宅へ。結婚祝いの宴席は自宅で行われるのが一般的で、親族だけでなく近所の人々も集まった祝った。

子どもうら

1959年の倉輪の子どもたちを写した1枚(右は写真の裏書き)。当時カメラは貴重品で写真を撮るのは貴重な機会だった。子どもたちは川遊びやビー玉遊び、ままごとなどをして遊んだ。また、水汲みや風呂焚き、子守りなどの手伝いをよくしていた。

家普請

1964年の住宅建築の様子。家を建てる時は、大工とともに集落の男性たちが皆で建築作業を行った。それを「家普請(いえぶしん)」といった。

川遊び

1967年に撮影された綾南川での川遊びの様子。手づくりのモリで魚を捕り、河川敷に石を積んでかまどを作って魚を焼いて食べたりしていた。倉輪の子どもたちや若者は、大自然の中で青春時代を過ごした。

水路

1968年、釜牟田集落で土地を造成したときの様子。後ろに見える橋のようなものは農業用水路。隣接する旧高岡町に続くトロッコ道も通っていた。

田植え

1970年代の田植えの様子。倉輪地区では田植えや稲刈りなどの農作業や屋根の葺き替えなどを近隣の人たち皆で行っていた。こうした共同作業を「結い(結い講)」という。田植えのあとには「さのぼり」が行われ、焼酎やブドウ液を飲みながら食事をし、ねぎらいあった。

養蚕

1973年の広沢原の桑園。広沢集落はこのころ養蚕が盛んで、生産者が公民館に集まって繭を選り分け出荷していた。中国産生糸の輸入増により養蚕が衰退し始めると、出荷先であった鐘紡製糸工場(宮崎市)が閉鎖に。集落の主産業は養蚕から養豚に移っていった。

畜産

1974年に撮影された畜舎の様子。経済安定のため繁殖牛の育成と栗の収穫、米づくりと複数の産業に取り組む家庭も少なくなかった。

公民館

1982年の広沢公民館と集落の皆さん。公民館が建設されてからは、新年会や月見、田植え後のさのぼり、子ども会などさまざまな場面で人々が交流する場となった。建設当時は囲炉裏があったが、現在はステージと畳敷きの広間、台所があり、交流の場として活用されている。

開拓祝い

1980年代に行われた開拓地の人々の頑張ろう会の様子。綾町内の開拓地(竹野・尾立・陣之尾・二反野)の人々が高年者研修センターに集まってねぎらいあった。

選挙

1980年ごろ、町議会議員選挙の出発式。出馬した陣之尾集落の宮本康夫さんを応援する集落の人々が写っている。集落のあちこちから盛大な声援がおくられたという。

宴席

1982年撮影の、親族が集まっての宴席。当時は子どもの数が多く、親族皆で節句や七五三などを祝ったほか、正月やお盆にも宴席を設けた。家庭用のカラオケが普及し、親族だけでなく集落の人たちもよく集まって歌っていた。

敬老会

1991年、広沢公民館で行われた敬老会。倉輪婦人部が踊りを披露している。カラオケや手品などの余興もあった。

道普請

2010年ごろ、広沢集落の道普請での一コマ。道普請とは、道路沿いの草払いや側溝の掃除などを集落の皆で行うこと。集落の人口が減った現在も続けられている。

水上スキー

2013年に広沢ダム水上スキー場がオープン。県内外から大学生などが訪れ大会も開催されるなど、中山間地域の活性化につながっている。

棚田

2015年の倉輪集落の棚田。美しい棚田に黄金色の稲が実っている。豊かな自然が残され、現在まで生物の多様性も守られている。人口減少で住民共同での農作業「結い」ができなくなり、現在はそれぞれの家庭で稲作・畑作が行われている。

学習

2018年の生涯学習講座の様子。地域包括支援センターによる介護予防講座のほか、折り紙教室なども行われている。そのほか、月1回のお達者クラブ(高年者クラブ会員の交流会)などもあり、住民の健康づくりや絆づくり、生きがいづくりの場になっている。